ヤマトのプロフィールと不動産投資を始めたきっかけ

不動産投資家ヤマトです。

このページでは、私自身の自己紹介や今までの経歴、そして、不動産投資を始めたきっかけや当サイトを開設した背景についても書いてます。

新入社員時代

大学卒業と同時に上京し、東京で社会人生活が始まりました。
地方出身の私にとって、東京生活は期待に満ちたものでした。


新入社員時代の研修は充実していました。
毎日、朝から晩まで同僚と研修を受けます。
仕事の知識もそうですが、ともに働く同僚との絆ができたことは大きな収穫でした。


実際の仕事でも頑張ろう。
仕事に対する気持ちは日々高まっていきました。


しかし、いざ職場に配属されると状況は変わりました。
それまで期待していたのとは真逆の日々が待っていたのです。


配属先の上司と合わないのです。
その上司はかなり高いレベルを期待していたのでしょう。
まだ新入社員の私は分からないことばかりです。
怒られる日々が始まりました。


資料を作る際、少しでも上司の意向に合わなければ過度な叱責。
会議で上司の考えと異なる意見を言おうものなら、皆の前であからさまに叱責。


私なりにまじめに仕事をしているつもりでした。
上司に気に入られようと努力しました。
しかし、状況は全く改善しません。
辛い日々が続きました。


入社して半年後が経ったとある日。
あまりにも辛いことがあったので夜に一人でお台場まで行きました。


なぜお台場に行ったのかは覚えていません。
待ち合わせの約束があったわけでもありません。
なんとなく非日常的なモノに触れたかったから。


夜に一人、お台場の砂浜から都内の夜景を見て思いました。


東京にもこんなキレイなところがあるんだな…。


一時間ほどでしょうか。
ベンチに座って夜景を眺めていました。
少し心が癒された瞬間でした。


辛いことがあったら、またここに来よう。
自分なりの逃げ場所が見つかった感覚でした。


幸いにも、会社の先輩や同期は良い人ばかりなのが救いでした。
上司とは相性は合わないと感じましたが、
先輩と同僚に励まされながら仕事を続けていくことができました。


ただ、ある考えが浮かびました。


部下は上司を選べない。
もしずっと上司と相性が悪ければ。
その上司に全てを合わせて生きていくなんて、
なんと息苦しいことなんだ、と。


人生は、こんなものなのか。
私の人生、これでいいのか。


心の中に、サラリーマンであることの戸惑いが生まれたのでした。

入社3年目にセミリタイヤを意識し始める

入社して3年も過ぎると社会人としての生活に慣れてきました。
引き続き上司に怒られることはありましたが、多少なりとも仕事で成果を出せるようになってきていました。


そして、社会人生活に余裕が出てくると、自身の今の状況と将来のことを考えるようになりました。


社会人を数年経験して分かりましたが、サラリーマンとして仕事をしていると普通に生活する分には全く困りません。


むしろ良いことも多いです。
安定的に給料は支払われます。
社会的な身分もしっかりしています。
会社に行くと、同僚と共に目標に向かって頑張る事にやりがいも感じます。


サラリーマン生活は、ある意味とてもです。
極論になりますが、会社の指示通りの事をしていれば安定は保障されます。


しかし、その指示が自らにとってどうしても耐えられないものだったら。


もし、生活の安定を脅かす様な業務命令や転勤命令が出てしまったら…。

もし、相性が非常に悪い人が上司になってしまったら…。

もし、働けないような病気や怪我をしてしまったら…。

もし、出世が遅れて同期や後輩が自分の上司になってしまったら…。

もし、会社が経営危機に陥って、リストラや左遷されてしまったら…。


どれも想像したくない出来事です。
しかし、十分どれも起こりうることです。


この様なことが起こると、たちまちサラリーマン生活は不安定になります。
そして、一度そのような状況になると、自分で状況をコントロールするのはほぼ不可能です。


サラリーマンは、生活の安定が保証されていますが、それは完全に会社に依存してしまっている状態なのです。
とてもじゃないですが、自分で自分の人生をコントロールしているとは言えません。


では、自分の人生を自分でコントロールするとは何か。
いったいどういう状況のことを言うのか。


私がたどり着いた答えは、

『自分の給料は自分で稼ぐ』

ということでした。


もしサラリーマン生活と同じくらいの給料を自分で稼ぐことができれば、会社に依存しない人生を送れます。
会社を辞めることも選択できます。
会社が楽しいと思ったら続けても構いません。


このような状態は、自分で自分の人生をコントロールしていると言えるのではないか。


私は、本業とは別で収入を得る方法は無いかと考えはじめました。
目標は、会社に依存しなくて生活できる収入を得ること。
世間でいうセミリタイヤ脱サラという言葉を意識し始めました。

株式や投資信託への投資を始める

最初は、株式や投資信託への投資で稼ごうと思いました。
ちょうど、2013年のアベノミクスで株価が連日上昇していた時です。
試しに投資信託を買ったところ、資産はどんどん増えていきました。


今日はプラス5万…。
次の日はプラス10万…。


毎日面白いように増えていきます。


さらに増やそうと、それまで貯めていた貯金で投資信託を買い増していきました。
しかも、レバレッジのかかったハイリスク・ハイリターンの投資信託です。


ある日は、30万円増えました。
ある日は、20万円減りました。
会社での仕事が手に着かなくなりました。


上下を繰り返しながらも株価は上昇していきました。
それに伴い、私の資産も増えていきました。


しかし、うまくはいかないものです。
上昇相場は長くは続きませんでした。


2013年5月23日。


その日、午前中に高値をつけた日経平均株価は、午後に一気に崩れ始めます。
あっという間に、日経平均は100円、200円と下がっていきます。


いったいどこまで下がるのか。
株価が気になって仕事が手に付きません。
何度も何度もトイレに駆け込みました。


結局その日は、日経平均が1,143円もの下落。
この日の損失は、250万円となりました!


その日までは資産は順調に増えていたので、トータルではなんとか利益は確保できました。
しかし、当時の私の年収は約500万円です。
トータルでは儲かったとは言え、1日で250万円も資産が増減しては身が持ちません。
心臓が止まるかと思いました。


株式や投資信託は安定的に稼げない。
これでは、心が耐えられない。


その後、投資信託の資産1,000万円を全て現金化しました。


投資信託では数百万稼ぐことができた。
しかし、株や投資投資では安定的に稼ぐことは不可能だ。


さて、どうしたものか…。

不動産投資との出会い

そんな時、世間では不動産投資が流行っていることを知りました。


新聞の広告欄には、必ず投資用マンションの広告が出ています。
会社にも頻繁に投資用マンションの営業の電話がかかってきます。


不動産投資なんて今まで考えもしませんでしたが、
世間での盛り上がりが気になったので、
ひと通り調べてみることにしました。


不動産投資の特徴は非常にシンプルです。

  • 居住用不動産を買って、人に貸して、家賃収入を得る
  • 購入資金の9割以上は銀行から借りることができる。
  • 不動産オーナーは普段は何もしなくても安定的な収入が入ってくる。



これだ!!


私の中で、何か熱くなるものを感じました。
直感で、これは現状を変える手段になるかもしれないと思いました。


それからというもの、平日帰宅後は不動産投資の勉強の日々。
土日は不動産の本を読んだりセミナーに通う日々。


昔から夢中になったら、我慢できない性格です。
何かに取りつかれたように夢中になっていました。


不動産投資はワンルーム投資だけかと思っていた。
戸建や、一棟マンション、一棟ビルなどもあるのか。
しかも、都心、関東、地方と場所も様々。


奥が深い。
知れば知るほど分からないことが出てくる。


不動産投資は、物件、融資、管理が複雑に絡み合っている。
どれが欠けても成り立たない。
失敗すれば、大金がかかっているだけあって大きな損失になりうる。


しかし、うまくやっている人がいる。
順調に資産を増やしている人がいる。
最初はただのサラリーマンだったのに。


私にもできるかもしれない。
できるところまでやってみよう。


一通り勉強を済ませると、物件探しを開始。
来る日も来る日も、サイトで物件探し。
そして良いと思った物件は現地調査へ。


そんな中、第1号アパートに出会ったのでした。



妻との出会いと結婚、そして離婚・・・

話が少し前後してしまいますが、上京して間もない頃に知り合った女性がいました。
交際1年半で入籍し、2年後に娘も生まれました。


充実した毎日を過ごしていました。
平凡ですが、とても幸せな日々でした。


しかし、幸せな日々は永遠には続きませんでした。


ささいな喧嘩がきっかけとなり、妻は娘を連れて実家に帰ってしまいました。


私は、必死に謝りました。
来る日も来る日も反省を伝えました。
しかし、私の望む方向とは真逆に、妻は弁護士を通して離婚を希望してきました。


離婚調停で裁判所には11回も通いました。
気が遠くなる日々の連続でした。


そして、妻が家を出て行って約1年半後、
長い話し合いの末、離婚が成立しました。
約5年間の結婚生活が終わりを迎えました。


離婚直後に考えました。


もう全てを投げ出してしまいたい。
どこか遠くに行ってしまいたい。


しかし、私には幼い娘がいます。
毎月養育費を支払わなければなりません。
娘の将来の学費も、今のうちに稼いでおかなければなりません。


どんなに辛くても、会社には行かなければ生活できません。
どんなに辛くても、今更の実家に逃げ帰るなんてできません。


立ち止まるわけには行かないのです。


それに、別々に暮らしているとはいえ、娘から見て立派な父親でいたい。
将来、娘が大きくなって、父親である私のことを思うようになったとき、私はどんな父であるだろう。


自分の父はとても立派なんだ。
できることなら、娘にそう思ってもらいたい。
いや、そうなっているように頑張らなくては。


では、何を頑張ろうか。
私には不動産投資がある。
これをもっともっと大きくしていこう。


不動産投資を続けて、
世の中に貢献して、
そして娘への養育費もしっかりと払い続ける。


もし不動産投資で大きな資産を築くことができれば、
将来娘も認めてくれるのではないか。


娘にとって自慢の父親になる。
そして、自由な人生も手に入れる。
私にとって、もはや不動産投資は単なる資産運用を超えた存在だ。


娘が大人になるまでもう10数年しかない。
しっかり頑張らなければ。

サイト開設の理由~何かが誰かの役に立てば~

私は、まだまだ半人前の人間です。
人としても、社会人としても、不動産投資家としても半人前です。


ただ、半人前なりにも、
人生に悩み、迷い、そして考え、
不動産投資を始めました。


不動産投資で人生を変えることは可能です。
しかも、サラリーマンの副業としてはとても相性が良いです。


今何もしなければ、5年後は何も変わりません。
しかし、今頑張っていれば5年後は変わっているかもしれません。


私は不動産投資をスタートしてまだ5年です。
大家としてはまだまだ半人前です。
今はまだサラリーマンを続けています。
会社の給料無しでは生活できません。


ただ、いつか不動産投資の収入がサラリーマンを上回れば、会社を辞めることができるかもしれません。
人生が大きく変わるかもしれません。


少しづつでも未来を変えていかなければ。
淡々と。コツコツと。


私は、それと同時に思いました。
こんな思いを持っているのは私だけではないはずだ。


今この瞬間にも、
不動産投資の魅力に気づいて、
始めようとしている人もいるはずだ。


私はまだ半人前だ。
まだまだ人に伝えられるレベルに無い。
ただ、ゼロから半人前になるまでの経験は、誰かの役に立つかもしれない。
これから始めようとする人の参考になるかもしれない。


中古アパート経営で、実際どのくらいのキャッシュフローを得られるのか。
私が、何を考え、何を行い、何に悩み、そして何を想ったのか。


誰かがこのサイトにたどり着いて、
私の拙い経験を参考にして、
少しでも前進させる糧になれば。


誰にも話したことが無い私の想いを、
このネットの片隅に記録します。


2019年2月 記

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投稿日:2019年2月3日 更新日:

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